富士山久遠常在院本門寺とは

日蓮大聖人は『三大秘法稟承事』に「戒壇とは王法佛法に冥じ、佛法王法に合して王臣一同に本門の三大秘法の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃住を末法濁悪の未来に移さん時。勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か、時を待つ可きのみ、事の戒法と申すは是也。三国並に一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず大梵天王・帝釈等も来下して蹋給うべき戒壇也。」の御教示に随ひ、新田小野寺五郎日目聖人の天奏に依って、後醍醐天皇の勅宣を仰ぎ建立された唯一、無二の本門佛法の道場であります。戦前は、公爵一条實孝氏の命名により大日本帝国法皇庁本門寺と称していましたが、戦後、帝國称号の禁止により後醍醐天皇の嘉暦3年11月21日の「爾四海泰平可抽精誠」の勅願に依り【法人名】を「太平教団」と改称し、法華経の神髄「妙法不二」を以って、【山号】を「富士山」と号し、御本佛の当体「本因妙大本尊」を奉安置に依って、【院号】を「久遠常在院」と号し、佛教の唯一、無二の「本門道場」を以って、【寺号】を「本門寺」と号します。