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本門正宗の宗旨・教義

観心本尊抄と日蓮イメージ

本門正宗の宗旨

本門正宗は『法華経如来寿量品』に云う「是時其父」の如来、日蓮大聖人が、『如来滅後五五百歳二始ム観心ノ本尊抄』に、「是好良薬とは寿量品の肝要たる妙体宗・用・教の南無妙法蓮華経是なり。」と仰せられる「妙体を宗としてその用・教」の佛法を説き、その如く修行する唯一、無二の宗門であります。 この「妙体ノ宗」とは、日蓮大聖人が弘安二年(1279)10月12日、ご開眼の「本因妙大本尊」様の事でありますが、他門では大聖人の妙を名に代えて「名体宗用教の五重玄」と天台師の論として誤った解釈をしています。 ではなぜ「本因妙大本尊」様が「妙体の宗」なのかと云いますと『法華経如来寿量品』には、生命の本質を「妙」と云うべき極小の質量に具わる「法」、物質波であると説かれております。そして「妙」の質量を『如来寿量品』には具体的に「劫分の一塵」の生命を正しく整える波動を日蓮大聖人は「本門の題目」と称し、そのリズムを自らの魂として方(いた)に刻み留めたものが、「本因妙大本尊」様なのです。そして用・教とは「妙体の宗」に具わる所の秘蜜なのであります。此の「本因妙大本尊」という一大秘法が含む三秘法を釈して、本門の本尊・本門の戒壇・本門の題目とも、本門の戒・定・慧とも称するのであります。故に「本因妙大本尊」様と境智冥合する事で自然と本門の戒・定・慧が身に具わるのであります。戒とは、身・口・意の三業の悪を止め非を防ぐはたらきです。定とは、禅定の略で、生命の実相を邪念なく自然と具えるはたらきです。 慧とは、佛の智慧のはたらきと云う事であります。本因妙大本尊様に帰依する事で、この戒・定・慧を己が身に自然と具える事ができるのであります。富士山久遠常在院、本門寺が「本門正宗」として唱える「本門の題目」は我レ慈父の勝応身の如来が自らの魂を「本因妙大本尊」として造立し、その「本因妙大本尊」様に日蓮大聖人が込められた「本門の題目」こそが全世界の人々が渇望している「父」に他ならないのです。即ち、「如来秘密神通之力」の文が語る、示し申すと云う「神」と云う文字が示す実体が「本因妙大本尊」であるのです。

 

本門正宗の教義

本門正宗がとなえるものは佛教の本質であり、数世紀にもわたる覇権主義・封建体制のなかに、大覚世尊の予言の如く、佛教の本質は覆い隠され、佛教本来の真実は損なわれてきました。本門正宗のみが唯一相承する日蓮大聖人による佛教典の解釈は、大覚世尊の教えと完全に一致し、大覚世尊の教義を何ひとつとして変えておりません。大覚世尊の仏教の眞の教え、特に仏教の根底にある知恵と哲学のすべてを延べ、大覚世尊及びその教の正統な伝持者の予言とその実践に完全に基づいています。佛説「妙法蓮華経」を佛説「妙法蓮華経」として正しく解したのは唯、本門正宗の宗祖としての日蓮大聖人のみなのです。 本門正宗・富士山本門寺は開祖、日蓮大聖人の日目聖人に対する本門の御付嘱に任せて『観心本尊抄』の「如来滅後五五百歳」を『法華経薬王菩薩本事品』の眞文「我滅度後後五百歳中広宣流布」に随って拝読しますが、それに対して一般通説に依る『観心本尊抄』は、そのご表題を天台論の解釈のもとに『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』を五×五百と云う天台論師の論を基本として論じています。大聖人は、「如来滅後」の如来を天台智顗の論や俗に権大乗部に属すると称される『大集経』の暦年に依るのではなく、『法華経如来寿量品』に御本仏が自ら示された「一切大衆」の約束「良医・父・遣使」を以って伝法の真の教義(血脈相承)となしています。